介護体験談 シリーズ2                                  現在の私のスタンス、最近の状況、自転車を無くす      

 1)2024/10:自転車をなくしました。近くに買い物に出かけ、自転車を放置したまま徒歩で帰ってきました。心当たりを探し回りましたが、見つかりませんでした。それまでも何度か同様のことが有、都度探し回って見つけていました。安全も考慮し新たに購入しませんでした。今でも時々マンションの自転車置き場を見て盗まれたと言いますがそれほど執着しなくなりました。


 2)最近では時々、特に明け方、夕方辺りのまだ暗い時に昔に戻ります。①子供達がまだ帰ってきていない。何処へ行ったの?と聞いてきます→アルバイト、友達と遊びに行っている、修学旅行、塾、飲み会等と答えています。②Fさん(母親)は何処?→さっき出かけたよと答えます。心配しなくとも日本のどっかにいるよというと、お父さんはいつもそんないい加減な答えと少し怒ったふりをします。③私に対して自分のことを娘ということがあります。→返事しません。名案がないからです。但し彼女の兄、妹、その他の話題を振ります。


 3)カミングアウトの絶大な効果
今や皆さん苗字ではなく親しみを込めてS子さんと呼んでくれます。笑顔がすてきだと仰ってくれます。オシャレねと、そのお洋服ステキねと言ってくれます。夫婦揃ってお酒が好きで、飲み会や会食のお誘いをあちこちから受けます。絶対に断りません。バス旅行やマンションの行事にも積極的に連れ出します。今では毎朝目覚めて真っ先に発する言葉が、今日は何処に行くの? 何時に出発なの?


 4)大阪弁、北九州弁での会話で笑いを誘い、雰囲気を和らげる
その家内と私はある意味毎日、大阪弁で掛け合い漫才、突っ込みのない(否定しない)ボケ漫才を楽しんでいます。例えば①物取られ妄想の時→ほんまかいなそうかいなえー。関西の漫才師中田ダイマル、ラケットのギャグです。②ごめんねと言う代わりに→かんべんしまくら千代子さん。③意味は無いが何でも話の後に“チャンピン↑”と付ける。孫が使っていました。④美人薄命で私は長生きできない。→あんたはパンツ穿くメー。⑤TVでプーチンを見ると誰か暗殺して。→あんたが行けば→ロシア語出来ないから行けない。習近平やトランプにも似たような反応。⑥何か言われたら“しゃーしい”(生れ故郷北九州の方言で“うるさい”の意)と返します。本人は生まれ育った土地のこの言葉にすぐ反応してお父さんこそ“しゃーしい”と返ってきて、直前に言ったことを忘れてくれます。⑦そんなこと“ばばあ”に言われたくないと返すと、そっちこそ、“じじい”のくせにと返ってきます。⑧整形外科の錠剤を、食後にハイおやつと言って渡します。有り難うと返って来ます。この効果か、緑内障の目薬を渡すときも有り難うと返ってくるようになりました。とはいえ見えないところでため息をつき、イライラしている自分を発見している毎日です。


 5)現在の私のスタンス
家内が一番しんどい、疲れる、戸惑う、悲しんでいることと思いますが、彼女が一番頑張って来ました。その家内の出来なくなったことを見て嘆いても仕方の無いこと、一方で頑張りすぎても疲れるだけなので、自然体でありのままの家内と付き合っています。例えばどなたかのブログにありましたが同じ物を買って来ても、それは薬代と思うとのことです。留守の合間に娘が冷蔵庫から消費期限切れ食品の処分や再利用をしてくれます。そんな中、周りの方々のご理解のお陰で夫婦揃って楽しい日々を過ごさせて頂いています。

           鎌倉ロジュマン親和会 金正芳雄

 

                              

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